寺社装飾・後藤義光

寺社装飾(江戸時代末期)
江戸末期の寺社装飾は自社共通の様式。祭りの山車にも共通する意匠が用いられていた。



お寺の配置パターン。 神社の建築様式。
◆木鼻
向拝の梁と柱の先端で、江戸以前には装飾は施されなかったことが多かったが、江戸に入ると彫師の腕とアイディアを示す重要な部位となる。獅子、獏、象が多いが牡丹、松、鶴、亀等の吉祥素材も多く登場する。
写真は妙本寺の左右木鼻(牡丹をくわえた獅子の部分)と虹梁上の左右力神を抜いた彫物は後藤義光の傑作である。
◆虹梁、海老虹梁
梁、棟木を支える木材。海老虹梁は海老のように曲がった木材。
◆ぎぼし(擬宝珠)
ねぎ坊主のような擬宝珠付の登勾欄(階段の手すり)。
◆ぎぼし(擬宝珠)
ねぎ坊主のような擬宝珠付の登勾欄(階段の手すり)。
◆蟇股(かえるまた)
右の蟇股は向拝の正面中央に置かれている。
蟇股とは,蛙(蟇)が脚を広げてふんばった姿勢と似ているところからその名がついた。
◆大瓶束( たいへいづか)
断面が円形の束で瓶かめのような形の円い柱を大瓶束といい,.短い垂直材の総称。
向拝の下の梁に乗って上の梁を支える。
◆出三斗( でみつど)
平ひら三斗を前後左右,直角に交差させたもので,肘木ひじきは,十字形となる。
その上に手挟(たばさみ)がつき軒の荷重を下から受ける。
◆手挟み(たばさみ)
軒の下で荷重を受ける補強構造。江戸時代には精緻な彫刻装飾が施されるようになった。
写真は龍と牡丹の彫刻。彫師の気迫を感じさせる作品。
◆懸魚・(げぎょ)
屋根の下部にあって桁を隠すものを降懸魚・くだりげぎょといい,ちなみに破風の頂点(拝み)の所にあるものを拝懸魚・おがみげぎょと言う。
◆多宝塔
多宝塔は、「法華経」見宝塔品第十一に出てくるもので、釈迦が法華経を説法していると多宝塔が現れ、中にいた多宝如来が半座を開け、釈迦に座を譲ったとされることに由来する。写真は石堂寺の多宝塔。有名な波の伊八の16面のレリーフはこの壁面を飾っていた。千葉県には石堂寺と那古寺の2件がある。
◆不動堂
不動明王をまつるお堂。不動明王は真言密教の信仰対象。元はヒンズー教のシヴァの化身の一つとされて、日本では大日如来の化身と言われている。キリスト教の大天使ミカエルの役割に似て、悪魔を倒すため怖ろしい表情をしている。
◆祖師堂
寺院で一宗一派の開創者、寺の開山、あるいは歴住の僧を祀(まつ)る堂。祖堂、大師(たいし)堂ともいう。禅宗では開山堂、真宗では開山堂または御影堂(みえいどう)とも呼ぶ。
装飾モチーフ
◆項目別に分類
◇中国からのもの(陰陽五行関係の霊獣、十二支、仙人伝説、歴史上の英雄、琴棋画書等)
・琴棋画書とは中国知識階級の必須教養である音楽、囲碁、書道、絵画のこと。
・陰陽五行についての説明はスペースの関係もあり省略する。
◇日本古来のもの(歌人、七福人、歴史上の英雄、吉祥植物・動物等)
◆主な装飾モチーフ
波、雲、水、蔦、若葉、牡丹、松、桐、鶴、鳳凰、亀、象、獏、獅子、虎、人物等。
◆主な装飾モチーフの組み合わせ
◇龍・四霊、十二支、水 、雲、火炎 ◇唐獅子・牡丹 ◇孔雀・松 ◇鹿・紅葉
◇鳳凰・雲、竹、桐 ◇亀・四霊、鶴、水 ◇鶯・梅 ◇兎・十二支、月、波
◇牛・十二支、松、梅 ◇獏・象・獅子・雲 ◇麒麟・四瑞、雲、聖人 ◇虎・十二支、龍
◇太陽・ヤタガラス ◇鶴・亀、松 ◇猿・栗、桃、十二支 ◇鯉・水
◆四神
四神の始まりは中国の星空、二十八宿にある。 二十八宿を東西南北七宿ずつに分け、それがそれぞれの動物の姿に例えている。中でもよく知られているのが龍・虎・鳳凰・亀。そして陰陽五行説にもとずき東西南北の方位色を合わせたのが青龍・白虎・朱雀・玄武(黒い亀と蛇)となる。ちなみに中央は麒麟(色は黄)で、これらを五霊ともいう。
◆麒麟
古代中国の想像上の霊獣。顔が龍、馬の蹄、牛の尾を持ち、頭には角がある。善政がしかれている時に現れるといわれ、殺生を好まない心やさしい霊獣。
手挟みの麒麟(左は大山不動尊、右は龍本寺)
◆鳳凰
古代中国の四神の一つ。鳳が雄、凰が雌。インド発祥の神の鳥・ガルーダとその影響を受けた中国の朱雀と似た特徴を持つ。日本では吉祥文様として用いられてきた。写真は小網寺の手挟みの鳳凰。瑞雲との組み合わせが面白い。彫りは後藤義光。
◆獏と象
向拝や木鼻には獏や象が掘られていることが多いが、この両者、見分け方が難しい。「獏とは霊獣の一つで想像上の動物である。鼻は象,目は犀,尾は牛,足は虎で,体形は熊に似ているとされる」とWIKIにはあった。とにかく,象との区別が難しいので、耳の特徴で分けるとわかりやすいと言われている。獏は耳が上を向いて耳の穴が見え,象は耳がたれているはずである。
左・獅子 右・獏
文殊菩薩は獅子に乗り,普賢菩薩は象に乗ったところが描かれる。
獅子は百獣の王で菩薩のありがたさを表している。
白い象は仏の使いと言われ世の中に良いことがあるときだけ姿をあらわすとされ,インドでは最高の象,伝説の象といわれている。
◆獅子
◇木鼻や頭貫に登場する。顔や足の向きや鬣の意匠に工夫が見られるが、基本的には唐獅子や駒狗の造形をベースにしている。姿としては顔が横を向いたものや足が後ろに流れている等の差があるが、鬣の形のバリエーションが大きい。
◇獅子のデザインはインド「原産」でこれが中国経由で入ってきたものである。鬣はギリシャの宇宙を司る原初神「カオス」をデザイン化したものと言われている。カオスとは「混沌」の意味でデザインとしては水の上に油を流した時にできるような模様となる。
カオス模様。
◆カイチ/神羊
頭貫によく見られる彫刻。姿は獅子とほぼ同じだが頭に1本角がある。羊を富や幸せの象徴として大切にしたのは古代中国。「祥」「美」等の文字に羊が組み込まれている。カイチは鶴谷八幡や小網寺に登場する。
◆駒狗
インド「原産」、中国経由の意匠。お寺の仁王様と同様、左が「ア」像、右が「ン」像。インドのサンスクリット文字では「ア」が始めで「ン」が終わり。エンドレスの輪廻思想を表す。神社の「門」になっている。
◆龍
龍は中国、インド、メソポタニアで古くから見られる想像上の存在で、そのルーツもさまざまなものがある。日本の龍は中国のもので、デザインとしては完成したものが伝わってきたものである。家紋、兜飾り等でなじみ深いが、寺院、神社の装飾として広く用いられるようになったのは江戸時代からである。南房総では波と組み合わせたものが多いが、水に近い地域の特徴でと言われている。
◇各地の龍
東洋の伝説の怪物。雷や風がデザインのルーツとされている。ただし、ナーガを龍のルーツと主張するインドとの間に本家争いがある。
A:ナーガの姿の皇帝(中国)。 B.C: 古代の龍(雲がルーツ)。Cは雷から出た龍。D:完成形の龍。E:日本の家紋。
F:ナーガ G:ヴィバーン
◇ナーガ
インドの龍。かたちはトカゲか蛇。王や寺院の守護。東南アジアの寺院の屋根は巨大なナーガが守っている場合がある。下半身がナーガの王のデザインが多い。ナーガは中国まで伝播したが、日本には入って来なかった。
◇ワイバーン
西洋の紋章に描かれる、翼を持つ二本足のドラゴン。
◇サラマンダー
トカゲの姿をした火の精霊。
◇ヒドラ
多頭の大蛇。ギリシャ神話の怪獣。ヘラクレスに退治された。
◇シードラゴン
海に住むという巨大爬虫類。蛇形で描かれる事が多い。
◇ファフニール
北欧およびドイツ神話のモンスター。親、兄弟を殺した男が龍に変身する。
◆鯉
南房総では鯉と波の組み合わせをよく見かける。「鯉の滝登り」で寺社の繁栄を願う心を現わしたものか。または、水を配置することで火災からの加護を願ったものでは。という説がある。
左は和田の熊野神社の懸魚。波の伊八。右は小網寺の虹梁の鯉。後藤義光。
◆亀
亀も南房総の寺社には多い。中国の五行思想では蛇と組んで玄武(北)を受け持つ聖獣である。しかし、江戸後期の寺社彫刻では庶民的な長寿のシンボルの亀が用いられている。
◆力神(ちからがみ)
金剛力士以外に軒下で梁を支えている力神や邪鬼がいる。力神は蝦股と同様屋根を支える頼もしい存在だが、邪鬼は四天王の法力によって封じこまれた「悪」の象徴である。
◆出三斗( でみつど)
平ひら三斗を前後左右,直角に交差させたもので,肘木ひじきは,十字形となる。
その上に手挟(たばさみ)がつき軒の荷重を下から受ける。
後藤義光(1815~1902)
江戸末期の彫師で、南房総千倉の出身。数多くの門人を育てたことでも知られている。江戸で大きな勢力を誇った後藤茂右衛門の流れの彫工で、後藤三次郎恒俊の弟子です。恒俊の師である五代後藤茂右衛門は名人と言われた彫師。義光は安房の出身で千倉後藤系を興し義光の名は三代続くが、いづれも迫力ある作風です。寺社の作品が多いが、一門の中には祭りの山車に傑作を残している者もいる。初代義光は長命で87歳で没したが、晩年も制作を続け多くの優れた作品を残している。
◆初代義光の作品のある寺社
西叶神社(神奈川県横須賀) 円蔵院(千倉北朝夷) 福性院(丸山町安馬谷) 鶴谷八幡神社(館山市八幡68) 愛宕神社(千倉町川合) 小網寺(館山市) 熊野神社(鴨川市横渚556) 西養寺(千倉町寺庭) 妙本寺(鋸南町吉浜) 八幡神社(千倉町) 安楽寺(丸山町) 真福寺(横須賀市) 勝善寺(富山町) 真勝寺(君津市久留里)
住吉寺(千倉町朝夷) 龍性院(鴨川市広場) 観音院(館山市西長田) 風早不動尊(館山市岡田) 光明院(館山市波左間) 白幡神社(鴨川市貝渚) 福生寺(館山市古茂口) 観音寺・本堂(館山市南条) 荒磯魚見根神社(南房総市千倉町)
◆義光の後継者
◇2代後藤義光 後藤門冶良義政
義光の2男。早逝したので作品は少ない。
◇3代後藤義光 山口滝治
山車に作品が多い
◇その他の後継者
義光の後継者は四天王と言われた直弟子の後藤兵三、後藤義信、後藤義久、後藤忠明を含め数多くの彫師が輩出し安房地方で活躍した。
。


破風(鶴谷八幡神社) 懸魚デザイン。

向拝(住吉神社)南房総市南朝夷1313。真言宗智山派。
◆妙本寺
◇日蓮宗の古刹。駿河大福寺の住職・日郷が開山の祖。康永年間(1342-1344)、房州に遊歴中、地頭職笹生左衛門尉重信の招きで一寺を建立した。里見氏との関係は強く裏山に里見氏の城砦があり、幾度も合戦が繰り広げられた舞台でもある。

向拝 竜

木鼻デザイン・



鶴谷八幡

手挟み


格天井と手挟み。
小網寺

向拝 竜

木鼻デザイン。獏と獅子。


参考・初代伊八作品
伊八は鴨川、勝浦、いすみが主な活動舞台。葛飾北斎の波の絵が伊八の作品に影響されたというTVコマーシャルから有名になった。従来の技法に写実性を加えた独自の技法。


大山不動尊の破風と手挟み。
破風の龍は翼のある飛龍。西洋アートの影響があると言われている。
手挟みのモチーフは菊。
- 最終更新:2013-03-02 03:59:14